ベスト・エッセイ2002
落葉の坂道
日本文藝家協会編
●編集委員=高田宏/津島佑子/三浦哲郎/増田みずこ/三木卓
文筆家77人が綴る日々交々。
日本文藝家協会編によるエッセイアンソロジー。

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2002年6月30日光村図書出版刊 A4上製2000円(税別)




ベスト・エッセイ2002
つげ忠男
「血液銀行から四十年」

 わたしの趣味は釣りである。
 狙うのはへら鮒で、それなりの道具立てと釣法でせめるが、釣れてくれるお目当て以外の獲物であっても文句は言わない。それぞれに個性的な個性的な脇役との出会いも又愉しみのひとつだし、彼らがあってこの釣りはより一層の面白味をますと思うからである。
 野川でのへら鮒狙いには、こういう筋立てがなくてはならない。この遊びは三十年以上も続けているが、以前のように、真冬でもしゃにむに野を駆け巡るということは現在はなくなった。代わり、この季節はコタツに潜り、ただボンヤリと釣り場の風景や、かって演じた型物の好敵手たちとのやりとりを思い返すばかりである。それで胸の内にいくらかのさざ波はたつものの、敢然と野外に向かうまでの高揚には至らない。気力・体力ともに、チラチラ底がみえてきた。
 十数年前、私は肝臓を患った。
 疲れやすく、いつでも曇天状態のような身体のダルサを不審に思い、病院で検査を受けたところ、
活動性ウィルスによるC型肝炎と診断された。月に一度の通院はそれ以来である。二ヶ月ごとに血液検査、三ヶ月ごとにエコーで肝臓をのぞかれる。担当の医師から、一部が肝硬変化していると聞いたのは去年の夏ごろだったか。
 そうと知っても、相変わらずの曇天状態以外に特に顕著な症状がないせいか、その事に対する認識度は低い。それよりは、発病当初から心身にまとわりついた、薄いヴェールのような憂愁の方に意外な圧力があり、知らず溜まり澱む心のオリを取り除くことに苦心することが間々ある。
 釣行時の相棒であり、又わたしの書く漫画やエッセーに度々の登場を願う友人にそれとなくコボすと、「まあ、トシのせいもあるわな」、アッサリこう切り捨てコトもなげである。一昨年、彼もわたしと同じ病気を持った。原因について、かねがね或る推量はしていたが案外ソレが的を射たかもしれないと、その時思った。
 四十年からの昔、わたしたちは血液銀行に勤めていたのである。その呼称はすでにある年代の者のみ知るところとなってしまったが、人の血液が商品として売買され、それが一つの事業として成立していた時代が確かにあったのである。中学を卒業後、わたしはすぐに就職した。そこを選んだ理由は、多分、家から徒歩で通えるということぐらいのことでしかなかったろう。彼の入社は三年ほど後、つまり後輩である。
 売血者のほとんどはその日暮らしの身で、多い時は一日千人近くもやって来た。使用後の採血器具や、廃棄血の入った瓶・試験管などの洗浄と再生といったところが、与えられた作業の主な内容である。割れたガラス片や針先での怪我はしょっちゅうで、処置はせいぜい絆創膏を張るのみ。その手で又、何百人のだれとも知れない人の血触れるのである。断言はできないが、潜伏期間が三十年はあるというウィルスの感染源をそれと推量したとしても、あながち無謀とは言えないのではなかろうか・・・・・・。
 ところでつい最近、思わぬことから当時の会社の先輩と電話で話をする機会を得た。去年肝臓の手術をし、今は療養中とのこである。聞けば氏の同僚だった数人もC型肝炎との由、暗澹とした思いに捕らわれた。
 こう書くのは、何も自身の推量の裏付けや、それに伴う告発を試みようとするわけでは決してない。因果関係なんて恐らく闇の中だろう。そういうことはどうでも良い。怨嗟も憤りも何もない。ただ、ある時代の、ある状況が、こういう形で身体に刻みこまれた事実を言いたかっただけなのである。
 去年の暮れ、竿納めにと出掛けた釣り場で、相棒にそのことを話すと、どこか困惑したような笑みを浮かべ彼は黙り込んだ。ややあってから「仕様がねェのさ・・・」と、ポソリ呟いた。
 ウキは微動だにしなかった。



「東京新聞」2001年3月1日・夕刊