『つげ義春の温泉』
カタログハウス
2003年1月初版発行
A5判 321頁
定価 本体1800円+税


 

目次


温泉写真とイラスト
 


黒湯・泥湯
(未発表原稿)

以前から青森県の黒石温泉郷と青荷温泉へ行ってみたいと思っていた。だが昨年子供が生まれてから遠くへ出かけるのがなんだか心配でならない。出発の日は一日緊張していた。家のことが気がかりだったのか夕食も喉を通らない。
 夜十時に新宿で詩人の正津勉さんと待ち合わせ上野へ行き、二十二時四十一分発の急行津軽二号の寝台に乗る。寝台は窮屈なので宇都宮あたりまでは、普通車の方の席でとりとめのない雑談をする。しかし、いつもなら列車に乗ってしまうと緊張もほぐれるのに、今回は少しもリラックスできない。寝台の横になっても眠りは浅く、夜半三時半頃目覚めてしまい、正津さんも目覚めたので、妻が持たせてくれた握り飯を食べた。するとその後胃が痛みだした。
 朝八時に奥羽線大曲駅。ひどい空腹を覚え、駅のスタンドで立ち食いそばを食べるが、なぜか空腹感が収まらない。
 黒石と青荷行きは遠すぎ億劫になり、予定を変更し、大曲からバスで一時間の、南外村の「湯ノ神温泉」へ行く。湯ノ神温泉は温泉案内書でもめったに紹介されることはないので、俗化していない掘り出し物かもしれぬ期待もあったが、田園の中に三棟の宿舎がかたまってあるだけの、景色は平坦で平凡でまったくつまらぬ所だった。昔の木造の校舎のような湯治部屋を覗いてみると、何かの収容所のように、足の踏み場もないほど布団が敷かれ、お婆さんばかりがゴロ寝をしていた。姥捨ての光景を見るようで、とても泊まる気になれない。宿の周囲に人家はほとんどないのに、理髪店がポツンとあり、こんな田舎には不似合いな若い美人の理髪師が二人、私たちに笑顔を見せていた。
 仕事になりそうもないので早々にひき上げたが、
農民湯とはこういう所のことをいうのだろうか。つまらないと思ったのが別の角度から見ると案外面白いのかもしれないと、帰途のバスの中で思い直し、泊まってみるべきだったかと、ちょっと惜しまれる気がした。
 大曲から列車で田沢湖へ行き、そこからバスで黒湯へ向かう。途中の景色は以前来たとき(一九六九年)とくらべ、レジャー施設や洋風の建物が増え、道路も整備され、山奥の湯治場へ行く気分にはなれなかった。
 黒湯はあまりに有名になりすぎたので、今回の取材は少し手前の「妙の湯」にするつもりでいたが、増築されて昔の飯場のような粗末さが失われてがっかり。


昭和52年3月

(本文より抜粋)





何処かへ蒸発して流浪して生きていきたい/久保隆
2003/2/15図書新聞より